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9割捏造。ヒロイン=強化人間を作っている研究者の一人。
ヒロインのシャニに対する感情は、多分無自覚の恋情と罪悪感が五割ずつ。
シャニの最期を考えると絶望的ですが、この話単体で見れば単なるシリアス……かなあ。
もう今更どうしようもないと言うのに、それでも居ても立ってもいられなくなった私は、自分でも理由のはっきりしない焦燥感に急かされて、慌ただしく居住区へと足を向けた。
本来『収容区画』と呼ばれているその空間は、機能性以外の全てを排した酷くシンプルな造りをしていて、それはどこか檻に似ている。実際、この場所は多くの者にとって檻でありただの物置なのだ。私のような妙な感慨を持っている方が、むしろ異端。何しろここに住んでいるのは(仕舞われているのは)、生体CPU――ただの、パーツにすぎないのだから。
そんな、ここでは当たり前のことを改めて痛感しながら歩き回るうち(一応目的地はあったのだけれど、無意識に遠回りしていたらしい)、私は(幸か不幸か、)廊下の先に探していた背中を見つける。
「シャニ、」。いつもイヤホンをして音楽を聴いている彼なら、ともすれば聞き逃してしまいそうなほどの声。私は臆病風に吹かれたのだ。勢いでここまで来たものの、会って一体どうするのか、と。だから、シャニが私の声に気付くことなくそのまま歩いて行ってしまったなら、もう余計なことはしないでおこうと思った。思っていた、のに。
ふらりと、シャニが気怠げに振り返る。
「なに」
「あ、えっと、その……今度、出撃するって聞いた、から、」
まさか聞こえている筈がないと諦めていた私は、しどろもどろに言葉を紡ぐ。けれど、そこから先、何を言えばいいのかわからなくなる。「おめでとう」とは口が裂けても言えなかった。シャニが実戦配備されるということは、MSの一部として、代替可能なパーツとして、消耗されるということに他ならないからだ。
そうして口を噤む私に、シャニは億劫そうに聞き返す。「だから、それがなに?」。伝えたいことはたくさんあって、それでも、そのどれも全てが私に言えることではなくて。結局、私は最も曖昧で、最もどうしようもないことを口走って、いた。
「……あんまり、無理、しないでね」
シャニは不可解そうな顔をした。私自身、おかしなことを言っているのは百も承知だった(だって、そもそも無理をさせているのは私達じゃないか)(シャニを苦しめているのは、私じゃないか)。
「お前、俺のこと心配してんの?」
思わず俯けた視界の端に映るシャニの爪先。近付いてきたかと思うと、こつん。それは私の爪先を蹴った。返事を催促しているのだろうか。「当たり前でしょ」。私は半ばヤケになって答えた。「ふーん。本気だとしたら頭オカシイとしか思えないんだけど」。シャニはいつも通り、特に興味もなさそうに言った。「おかしくない。だってシャニはシャニだもん。生きてるんだから痛いし苦しいし、悲しい、わ」。
私はムキになっていた。ここの研究者達が、軍のお偉方がどう考えていようが関係ない。私にとって生体CPUと呼ばれるそれは、シャニは、紛れもなく同じ人間なのだ(ああ、これじゃあまるで駄々を捏ねる子供みたいじゃない)。「ここでそんなこと言ってんの、お前くらいだろ」。溜息と共に吐き出される呆れたような声。けれど。
「でも、お前がそこまで言うなら考えてやってもいいよ」
シャニが私の腰を抱き寄せる。驚いて顔を上げると、嗜虐的な色をした紫電の瞳と視線がぶつかって、「その代わり、」。まるで蛇に睨まれた蛙みたいに(……ああ、違う。これはそんな風な恐ろしいものなんかじゃなくて、むしろ、)動けなくなってしまった私の耳元に、シャニは唇を寄せた。
「帰ってきたらちゅーしてよ」
その悪戯っぽい声音に乗せられた言葉は、当然そうなると決定されている事実のようにも聞こえたし、到底叶うことのない途方もない冗談のようにも、聞こえた。
(私は、汚い)(壊されてしまった君の方が美しいのは、どうして)